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第六十話 名前のない娘

last update publish date: 2026-10-05 10:28:06

 月琴は、泣きながら叫んでいた。

「その子は梨花じゃない! 梨花は死んだ! 私が見たの、白家の地下で、梨花は死んだの!」

 医療房の奥にある小さな部屋。

 そこへ連れてこられた月琴は、以前より痩せていた。

 玉蘭妃様を美しい主として崇め、白玉宮の香を守り、春燕の腹帯を焼こうとした少女。

 白家の子の帳では、覚醒済み。

 感情過多、制御困難。

 そんな冷たい文字で書かれていた少女。

 その月琴が、今は感情そのもののように震えている。

 両手は縛られている。

 だが、縛られていなければ梨花に掴みかかっていただろう。

 いや。

 梨花と呼ばれた少女に。

「月琴」

 白瑛が静かに呼んだ。

「落ち着いて」

「落ち着けるわけないでしょう!」
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